佐世保独楽について

独創的な佐世保の喧嘩独楽!

 日本の独楽は中国、朝鮮半島を通じて平安時代前に伝来し、主に宮中などで楽しまれたようです。南北朝時代には全国的に独楽廻しの勝負が行われ、豊臣秀吉の全国統一のころ、鉄芯を使用した博多独楽が作られました。
 この博多独楽が江戸時代に入ると全国的な人気を巻き起こします。そして独楽を使っての賭け事が大流行し、幕府は禁止令を何度も発令しました。この博多独楽は値段も高価で製作技術も難しいため、大衆の手に入りづらかったので、木をペースに鉄芯を打ちつけたものが全国各地で広く作られ始められました。それまで鉈などを使って原始的に作られていたこの地方の独楽も、この頃に原型が生まれたものと思われます。
 佐世保独楽の形状は「ラッキョウ型」と呼ばれており、材質はブナ科のマテバシイという広葉樹です。上部には色鮮やかな色彩が施されています。色彩については中国「陰陽五行説」に影響されて、青(緑)、赤、黄、白(生地の色)、黒の5色で構成されています。この5色は世界や宇宙を意味しています。独楽の先端には、剣(ケン)と呼ばれる独特の鋭い鉄が打ち込まれています。
 佐世保は明治時代に人口2,000人程の小さな村から、いきなり大きな市に発展し、明治、大正、昭和、平成の4代に亘りこの佐世保独楽は遊び継がれ現在にいたっています。昭和24年、昭和天皇が佐世保をご訪問された折り、献上品として贈られ、これを契機に玩具から伝統工芸品としての創作がはじまりました。
 更に同じ年、通産省の招きで来られたアメリカの有名デザイナー・ケラー女史に日本を代表する民芸品と賞賛され、我が国で初めてニューヨークへ2点出展される玩具のうちの1つに選ばれました。
 こうして全国的にも国際的にも佐世保独楽は有名になり、観光佐世保の民芸品としても喜ばれるようになりました。同時に次代の子どもたちに佐世保独楽の伝承と、遊び方を普及させていきたいと考えております。